靖也初戦試合内容。

中三からジムに入ってきた靖也は元豊国ボクシング部のキャプテン章裕の弟。強い闘志や向上心がなく先生や僕にいつも厳しく叱られてきた。
ときおり見せるパワフルで勢いのある動きがあるだけに、いつも煮え湯を飲まされる思いをしてきた。
三年生達にとってこの県大会は最後の県大会となる為に強い想いが入る。故にインターハイや九州大会以上にドラマのある大会となる。
大会前一週間を切ったというのに靖也の気持ちが上がってこない。二日前には先生と僕から雷を落とされた。試合前に暗雲が立ち込めていた。
僕も覚悟を決めていた。二年半見てきた靖也の最後はしっかりと見届けようと。だけど希望は捨ててはいない。力はある。心のスイッチさえ入れば十分に優勝だって狙える。
朝、試合会場に向かう間、ずっと靖也に掛ける言葉を考えていた。会場に着くと靖也の表情は硬く暗い。まあ、いつもニコニコしているタイプではないが・・(笑)
試合一時間半前に十分なウォーミングアップをし、心構えを説く。十分な準備には大きなエネルギーがいる。だけど、この準備を怠る事は「今できる事」をしない事になる。自信を持ってリングに上がる為には人事を尽くす事が何より大切だ。

緊張した体の動きを良くする為に反射トレーニングを急遽試してみる。

技術、戦術の確認を念入りにする。

縄跳び、シャドー、ミットを終え、最後に章裕とのマスボクシング。
最後に靖也と二人きりで話しをする。これが最後になるかもしれないという思いで靖也に話す。ミットを持っていて分かった。今日は靖也の心のスイッチが入りかけている事が。
覚悟を決めてリングに上がれと僕は言う。そんな思いを持つ事が大変なのは分かる。だけど覚悟の決まった奴と決まっていない奴、どちらが勝つ可能性が高いかを考えれば大変でもしなければいけない。
試合前、「やり残した事はない。すべてやった。思い切りいけ!」と最後に声を掛ける。
相手も三年生で一回り大きい難敵だ。1ラウンド、悪くはないが、際どい。2ラウンドに入り若干、差が付けれたような気がした。勝負は最終ラウンドに持ち込まれた。最後にモノをいうのは気持ちだとずっと選手達に言ってきた。靖也の気持ちが試される最終ラウンド。「靖也!最後やぞ!勝負!」と声を飛ばす。
そのラウンドを靖也は一瞬も気を抜くことなく、基本的なボクシングで終始、先手を取って戦い続けた。いつも「気が抜けとる!集中せい!」と怒られ続けてきた靖也が2分3ラウンドの間、一度も気を抜かずに厳しい勝負に競り勝ち、判定勝ちを収めた。杉本先生からも「この大一番でやるときゃやる奴やったんやな」と嬉しい言葉が掛けられる。

リングを降りてきて涙がこぼれる靖也。全力ボクシングを貫いての嬉し泣き。きっとこの試合で魂が震えたんだろう。強いプレッシャーの中よくやった。これが本気でやったときに味わう感動だ!
来週土曜日が準決勝、日曜日が決勝。共に難敵、東福岡高校の選手だが、この流れに乗って「今できる事」の延長線上の優勝を掴もう!  会長
PS 明日は喬之と啓助の初戦。明日も「今できる事」を怠らない。