継続力。

高橋イズム


僕が選手に一番求めるモノ。それはズバリ「継続力」だ。
最近、僕が「一万時間の法則」の事をよく話すのは、この「継続力」の大切さを語るに、とても良い例の一つだからだ。
稲盛和夫さんの「情熱×能力×考え方=人生の成功」という法則の中にもう一つ加えるとすれば、この「継続力」だと思う。
「情熱」をどれだけ「継続」する事ができるのかも「考え方」に掛かっているとも言えるし、「継続」する事が自分にとってプラスかマイナスかという判断を下す頭脳は「能力」とも言える。
どんなにセンス(能力)があろうとも、良い環境に恵まれようとも、必ず課題や試練は訪れる。
なぜか?それは、これより前のステージに進む為には、それなりの「心」であり「精神力」なりが必要であるからなのだと思う。
心の弱い者ほど、その壁は早くに現れるようだ。そして諦め、いつか気づくときが来るまで同じ事を繰り返す。
選手でも子供らにでも、「続ける事」「逃げない事」の大切さを常々話す。それでも辞めていく者は辞めて行く。
いつも僕の中での最善は尽くそうという思いがある。話しもするし、待ちもする。親とも話すし、自らの勉強もする。
それでも去る者は去る。これは致し方のない事なのかもしれない。志望者全員が全員、選手にはなれない。
僕が選手を目指す者に一番に求める「継続力」がなければ、選手としての本当の成功や、共に味わう事のできる大きな学びや喜びには到達する事はできない。
僕もバイトや仕事では全く「継続力」がなかった。1、2年もてばよくやった方だった。そこに自分自身の「向上」や「人の為に」という思いが全くなかったからなのだと思う。
それでもボクシングだけは続けた。選手時代に東京で一度は挫けたが、試合で事故るまでの8年間とジムを開いてからの9年間。なぜ続けられたのか?それは、これが僕の本当の仕事であり、僕の「道」だと思ったからだ。
今までにも多くの選手や子供達が夢半ば、志半ばでジムを去った。それがすべて間違いとは言わない。
ボクシングをやってみて、自分の力や資質に限界を感じたのかもしれないし、将来が不安になったのかもしれない。逃げではなく、自分の「道」ではないと気づく事もあるだろう。
新しい「道」が見つかったのであればいいが、それでも、また一からのスタートを切るだけで、どんな「道」に進もうとも自身を向上させる為に与えられる課題や試練からは逃れる事はできない。
辞めたとしても、ボクシングから学んだ事がきっと何かしらの役には立つはずだ。それが僕が彼らに指導してきた事への唯一の証であり、救いでもある。
それでも、やはり「一万時間の法則」でも言うように2、3年でうまくいかないからと諦めてしまうのは早過ぎると思う。
僕の経験や勉強から言える事は、これが自分の「道」だと思ったからには石にかじり付いてでも続けるべきだと思う。
住吉にせよ、直人にせよ、ここが凄い!と言えるような特別な才能は何も持ってはいない。
住吉は約6年間は辛い選手時代を送った。出稽古でも試合でも、いつも注意しか受けなかった。嫌な事は忘れようといつも現実逃避をしていたと言う。「そんなんやけ、時間掛かったんや!」と僕にまた怒られる。(笑)
直人も始めは空気の読めない頑固者で、僕から「俺の言う事聞くか聞かんか自分で決めろ!聞かんなら来んでいい!」と一喝された事もあった。二年目からボクシング的には、それなりの成果を上げたが、決してセンスや資質に恵まれたタイプではなかった。
そんな二人の僕が一番認める部分。それは「継続力」。住吉8年。(7年目に入る時点で一度は辞めると口に出した事もあるが・・)直人は5年。
二人共、時間は掛かるタイプだけど、年々逞しくなってきている。辛さやキツさに耐える力も強くなり、壁に跳ね返されても挫けずに、すぐに前を向く事ができる。いつも楽しく向上し続けらている。自主性も芽生えた。ボクサーとして大人になってきたな~という手応えを感じている。これぞ僕が求める「継続力」の効果だ。
二人は決して特別な人間ではない。「継続」してこその今がある。そんな二人をずっと見ていて欲しいと思う。これからも起こるであろう「継続力」の成せる業を。そして「継続する事」の大切さを。   マサ  

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