「高橋ボクシング」基礎の見直し。

昨日の東福岡への出稽古で感じ、今日のジュニア達へも念入りに指導した事は「基礎の見直し」。
技術的レベルアップを図るとき、一番それを邪魔するのが「基礎の崩れ」。
正しい基礎の上にはいくらでも技術の上乗せができるが、基礎が崩れているとすべてが狂う。
例えば、前足が5センチ内に入るか、外に出るかだけでも、戦いの中で大きな差が出てくる。手首の角度が10度違うだけでも大きく違う。それほどに基礎の出来、不出来は、その後のレベルアップに大きく関わってくる。
今、選手らの基礎の崩れを正す事ができるのは僕しかいない。僕的には、それがテクニカルトレーナーとしての一番の仕事だとも言えるぐらいだ。
基礎さえ崩れなければ、各自で考えた技術や練習法を加えていっても大きな間違いやレベルダウンはしない。
トレーナーを変えたり、指導者と分かれたりして、ダメになっていった選手を数多く知っている。それほどに技術的基礎も心的基礎も大切だという事だと思う。
特に「強くなりたい!」と願う子等には厳しく「基礎の向上」を促す。今、地味で単純で細かいと思える「基礎の向上」こそが、この先に進む度に大きな差となって表れてくる事は確実だ。
相手選手のウィークポイントを一瞬で見抜く事も、会員の癖や思い癖を見つける事も、選手らのボクシング的狂いを素早く見つける事も、どれもが同じような事。
よく耳にしていた「悪い所を見ずに、良い部分だけを見て伸ばせ」という考え方。これに僕は真っ向から反対意見だ。
人は心的に向上する為に生きているのだと思う。そう考えれば、悪い部分を直さずに良い部分だけを伸ばしていくやり方には無理がある。これをボクシングに置き換えれば、ボクシングの基礎というモノの崩れや間違いを無視して、身体能力やセンス、根性といった別の部分に頼っていくよなモノだと思う。
レナード、ロペス、ユーリ、チャベス、パッキャオ、マルケス・・など多くの一流選手に見られる「機能美」。これこそが「洗練させた基礎」のなせる業であると思う。
ボクシング的基礎、「スタンス」「バランス」「ポジショニング」「リラックス」「重心の置き方」「ベクトル」「リズム」・・
心的基礎、「人の為に」「今できる事」「自分次第」「日々向上」・・
基礎とはつまり「根本」であり、物事の「核」とも言える部分なのだとも思う。そこを見逃して指導はできない。
以前は誰にでも「基礎」をうるさく叩き込んだ。だけど最近は強く言い続ける事は、「大きな向上」を求める者だけにした。
人にはそれぞれの歩幅がある。大きな向上を求める者。マイペースでじわじわやっていきたい者。間違えても間違えても懲りずにやっていく者。向上をあまり求めない者。
昨今、「人は皆違う」「オンリー1」というような言葉が一人歩きしているようにも感じる。だけど人は向上する為に生きていると思えば、自らの未熟や間違いを正して生きていく事が非常に大切な事だと思う。
ボクシング的基礎にも心的基礎にも「現状維持」はない。常により良い基礎を探し、向上を求め続ける。   マサ