ハンデ。

高橋イズム

体の障害や病気、怪我などでハンデを背負っている人も多くいると思うが、「ハンデ」(ハンディキャップ)という言葉を調べてみると普通、実力の上の者が周りと同等に競えるレベルにする為に与えられるモノという意味だとある。
だからハンデを背負っている人は、人に劣っているのではなく、人より心が強く、それを乗り超えられる力がある人なのだとも考えられる。
そして何事にも、得れば失い、失えば得るという「正負の法則」があり、ハンデを背負った人にも、苦境に立たされている人にも、それに見合うだけの学びや人としての向上があるのだと思う。
僕自身の話しでも、少年時代の酷い吃音。ボクシングでの大きな失敗。という辛く厳しい経験から学び、得たモノは非常に大きい。
吃音により、人と違う鋭い感性や文章力や表現力が備わったのだと思う。また、ハンデを持った人をバカにしたり、軽視したりしないという「心」も自然と身に付いていったのだと思う。
自分本位な思いでやってきたボクシングでの失敗から得たモノも大きい。「人の為に」「自分次第」「今できる事」。これらはジムを開いてからも多くの苦労や失敗、問題があり、そんな中で日々高まっていった思いだ。
それらのハンデや失敗がなければ、今の僕はないし、今の門司フィットネスボクシングジムもない。
「ハンデ」や「失敗」をただの「不幸」と捉えるのはあまりに後ろ向き過ぎる。僕も少年の頃には「どうして俺だけこんなんなんだ!」と母親にあたった事もあったが、何事にも意味があり、前向きな思いで「このハンデや失敗にはどんな意味があるのだろう」と読み解く事に、それらをいち早く乗り超える為のヒントがあるのだと思う。
人それぞれに与えられた人として向上する為の課題があり、その為に人は生きているのだと思う。
「ハンデ」にも「失敗」もきっと意味がある。意味のない事なんてこの世にあるだろうか。
前向きに「今できる事」を。          マサ

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