福岡県大会。

門司フィットネス試合速報

今日は高校のアマチュアボクシング、インターハイ福岡県大会予選に行って来た。
ジムから豊国学園ボクシング部に入っている貴章。門司から下関に通う翔太。
 

プロになってからは基本的にアマチュアボクシングの試合には関わらず、ジムでの指導だけを約束としてアマチュアの選手も指導してきた。
 

しかし、貴章のボクシングに対する姿勢や情熱により今日は試合会場の東福岡高校に数年ぶりに出向いた。

来年にはここで戦う事になる純也を連れて昼12時に到着。
アップをして、二人に心構えを説いて試合を待つ。
 

貴章(高2)は東福岡高校の三年生を相手に2-0の判定勝ち。
来週の準決勝に駒を進めた。
僕を動かした貴章の本当の勝負は決勝戦になるだろう。
福岡県のアマチュアボクシング界に小さな風穴を開けて欲しい。

続く翔太(高1)はまだ試合に出るのは早いぐらいだけど、経験を積ませる意味での出場。
東福岡高校の二年生を相手に、気持ちと体力勝負に持ち込んで2-1の判定勝ち。
目標の一勝をあげ、僕的には満足。(^^) 素直でよく走った成果を出せたいい試合だった。
その他にも試合を観たが、非常に残念な事もあった。
それは「心」や「信頼関係」や「絆」、「正義」をないがしろにしてしまう「成果主義」の産物であり、世の中の縮図を見る思いだった。
僕はこの泥沼のような世の中で大きな大輪の蓮の花を咲かせたいと強く思った。      マサ
 

(以下はネットより引用)

泥水が濃ければ濃いほど、はすの花は大輪の花を咲かせます。
泥水とは人生におきかえれば、つらいこと、悲しいこと、大変なことです。
ほとんど泥水ではなく、真水に近いようなきれいな水である場合、
蓮の花は本当に小さな花しか咲かせません。
大輪の花を咲かせるためには、ものすごく汚い泥水が必要です。
蓮の花は泥水の中からしか立ち上がってこないのです。

蓮の花とは、まさに人生の中で花を咲かせること、
そして、その花の中に実があるのが 「悟り」 です。
つらく悲しい思いがなければ、人間は悟ることがないのだ、
ということをお釈迦さまは教えたかったのだと思います。

人は 「悟る」 ことが出来れば、迷い苦しみはなくなり      
まわりのこと、人、もの、現象が、
みんな 「幸せに思える」 ようになります。

お釈迦さま は うつくしい花を咲かせるためには泥は必要であるということを
伝えたかったようです。私たちはいろいろな悲しみ・つらさ・大変なことを経験しない
限り、悟ることはできないという教えです。そんな苦難なときが来たら、

「ああ、この結果として私は大きな悟りに、美しい世界に導かれていくのだな」

と思うことが大切です。そう思えれば、自分自身にとってものすごく嬉しく楽しく、
幸せで素晴らしいこと、そして、有難いことだと気が付いてきます。

それをお釈迦様は後世の人に伝えたかったようです。
その象徴として、蓮の花が台座に選ばれました。

悲しい・つらいことを否定せず悟るために必要なもの として受け止めると、
この経験が、
心を豊か にして、 いつでも幸せを感じ取る 事が出来ます。
人の悲しみや苦労も解る 豊かな心 になります。 
 

心が豊かな人は、いつでも幸せです」 。

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