逃げるという事。

高橋イズム

今回のスパーリングパーティーのスパーリングを辞退した者が二人いる。非常に残念に思う。
一度はやる気を出して参加を希望したのだが、試合が近づくにつれて、だんだんと強いプレッシャーが掛かってきたのだろう。
選手でも毎日の厳しい練習や試合のプレッシャーに耐えられず「初志貫徹」できずに辞めていく者もこれまで多くいた。
その気持ちはよく分かる。僕もその一人だったから。
辛い、苦しい、怖い、病気で、怪我で、家庭の事情で、将来を考えて、と理由は幾らでもあるし、作る事ができる。
僕もそうして志し半ばに一度はボクシングを離れた。離れたと言えば聞こえはいいが、ぶっちゃけ逃げたのだろう。
「あのとき諦めなければ・・続けていれば・・」と思う事もある。でも、あのときの荒んだ僕にはそれしか道がなかった。思いつかなかった。
当時は「人の為に」という気持ちは少しもなかった。自分の事しか考えていなかった。「自分の事」しか考えない者はどんなに能力があっても弱い。苦難を乗り越える力に乏しい。
それに気づいたのはジムを始めてから。だから、あのときの「逃げ」にも意味があったのかもしれない。あのまま続けていてもきっとチャンピオンにはなれていない。基本的に今の自分に乗り越えられない課題は与えられないと思っているが、「今は逃げるが勝ち」という場合もあるのかもしれない。
「逃げる事」からも学ぶ事はある。それは、逃げた事で強い自己嫌悪や苦い思いが残る。そして逃げる者の気持ちがよく分かる。逃げても向上していく為に同じ課題が出され続けている事に気づく。だから逃げてはいけないと強く思えるという事だ。
僕はこの経験も踏まえて選手や会員を指導している。だから僕自身やジムにどんな事があっても絶対に、石にしがみついてでも乗り越えてやる!続けてみせる!絶対逃げない!という気持ちを持てている。
「出された課題からは逃げない」この思いを持てるまでにはそれだけの時間や経験が必要だったのだろう。逃げる者にもその苦い時間や経験が必要なのかもしれない。
早く結果を出させようと人は焦り、回り道をしないようにと多くを与え、教えようとする。だけど「息子の人生を長い目で見てみようと思います。」とある父親が言った。それに僕も賛成した。
間違えても、素直に間違いを認め、またチャレンジすれば人生は何度だってやり直す事ができると思う。いつか自分自身の課題を乗り越えられるように僕も応援していきたいし、受け入れていきたい。
人生って一筋縄にはいかないものだな~。          マサ

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