見学者。

高橋イズム

今日、ジムにボクシング経験者で現在、経営をされているという中高年の男性が見学に来られた。
外に出ていた僕に住吉から電話が入っての対応となった。
「門司フィットネスボクシングジム」の名称は敷居が高いであろうボクシングジムというモノを誰にでも入り易い場所にする為に「フィットネス」という言葉を入れて名付けた。
だけど、子供でも女性でも中高年の方でも指導するボクシングは同じだ。違うのは進度スピードと実践練習(スパーやマス)のある無しだけだ。それを見学時に詳しくお話ししている。
会員であれ、選手であれ、ボクシングは楽しく奥が深いという事を知ってほしいし、ジムはいつも楽しくありたい。
僕の指導するボクシングは一般会員にとって始めは少し難しいかもしれない。だけど、良いモノが簡単な訳がないと思ってほしい。
下関ジムの中高年の男性会員が僕に「難しい。もう歳の私にはできない」と言われた事がある。僕は「できます!歳は関係ありません!」と言って何度もぶつかった。そして今、その方は一つの壁を越えて、とても熱心にボクシングを楽しんでいる。
難しい技術でも、いかに簡単に分かりやすく伝えられるかをいつも考えながら指導している。だから僕の指導は常に進化する。そして皆、それぞれの進度があり、焦る必要はどこにもない。
指導する側にもされる側にも、できなかった事ができるようになるという喜びがある。その小さな感動の繰り返しがボクシングの一つの魅力だと思う。打ち合うだけがボクシングじゃない。
そんな思いを持って僕は指導にあたる。だから経験者などでジムでボクシングを習う気のない人はジムに入会する事は難しい。
これまでも「場所だけ貸してくれ」「勝手にやるから」という申し入れをされた事もあるが、お断りしてきた。
何度かは入会を許可した事もあるが、それぞれの思いがあり、うまくはいかない。当ジムは「フィットネスジム」でもないし、「フルパブリックなボクシングジム」でもない。
どちらかと言えば、ボクシングという「道」を通じて「心」や「体」を鍛え、ボクシングを習得する「道場」というモノに近いのかもしれない。
ジムでは中高年者の方々でも僕やトレーナー達に敬語で話してくれている。当然僕らも年長者の方に対しては常に敬語だ。挨拶も徹底している。
そうする事がジムの規律や雰囲気を保ち、練習に集中できる状態を作れているのだと思う。なあなあな雰囲気の中での学びは少ない。会員らがボクシングで本当の楽しさや感動を得る為には、ある程度の厳しさも必要なのだと感じている。
今日、見学に来られた方は、ボクシングを習う気はなく、僕らに対しての敬語は使えないようだった。
お話ししていて悪い人ではない事も感じられたし、長年の経営者としての癖みたいなモノなんだろうとも思った。
しかし、ジムの規律を崩す事は僕の信念を曲げる事になり、それはジムの存続に関る事だ。
ボクシングが大好きだと言うこの人を入会させたいという気持ちと信念を曲げられないという思いが何度もぶつかった。
お互いの考えを伝え合ってから、その方は帰られた。たぶんもう来られないだろう。
僕が会長として、狭いジムの中での「今できる事」を考えて選択していく。二兎は追えない。          マサ

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