自己顕示欲。

高橋イズム

昨日の門司ジムの強化練習には以前にアマ、プロで戦っていた下関ジムのMくんが参加した。
全日本を前にこういったスパーリングの参加は非常に有り難い。
もう彼は現役ではないので、「危なかったら止めるよ」と忠告してからスパーを開始した。
住直に多くのパンチを貰い、「今まで戦ってきた中で一番強いし、早かった。ボクシングのレベルが違う」と言う。それでも、しきりに「悔しい」と何度も口にする。
彼が初めて下関ジムにやって来たときに「導かれて来たな」と僕は感じた。
彼は今、34歳。僕の一つ下だ。もう現役ではないのに昔の強さや過去の栄光に囚われ続けているように感じた。今までもそういった会員がジムにいた事もあった。
その気持ちはよく分かる。僕にもその気持ちはずっとあったし、今もすべて無くなったとは言えない。
「その気持ち」=「自己顕示欲」だと僕は思っている。「自己顕示欲」とは人に認められたい、自分を良く見せたいという「自分本位」な考えから発生する気持ちだと思う。
僕に限らず、僕が見てきたボクサー、トレーナーのほとんどが、そういった人間だった。東京時代には、それを更に強く感じた。(中には元世界チャンプの飯田覚さんなど、そうではない人もいたが・・)
僕はそれがあまりに強く、選手としてのボクシングの「道」を外されたのだと思っている。
自分本位な「自己顕示欲」を満たしたところで、本当の幸せとはほど遠い。それはボクシングでも経営でも、恋愛でも何でも言える事だと思う。それが分からない人はとことんやってみればいい。いつか必ず「虚しさ」や「満たされない思い」を感じて気づく事になるだろうと思う。
そんな話しを、スパーを終えたMくんに話す。その話しを住直も聞いている。僕の育てる選手には僕が見てきた「自己顕示欲」の強いボクサーらの雰囲気はない。
自分の才能や努力による成果など、人に自慢したい気持ちも、認められたい気持ちも、誰もがあるとは思う。だけど、ボクシングとは、人生の意味とはと考え、それは自分自身との戦い(心の向上)であるのだと理解したとき、「自己顕示欲」を極力抑える事ができるように思う。
「自己顕示欲」が無くなれば、ボクシングも人生も無駄な力が入らず肩の力が抜ける。
Mくんは「戦いの螺旋」から、もう降りるようにと導かれてやって来たのだと感じていた。そのMくんを見て僕自身も更に向上する事を促されている。
自分本位な考えからは本当の成功や幸せは得る事ができないと思っている。僕はこの考えでとことん行く。 マサ

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