成果主義の是非。

高橋イズム

世の中の多くの人が「成果至上主義」的な考えで動いているように感じられる。でも、それは誰の心の中にもある考え方なのかもしれない。
成果をあげたり、力を付けていく事によって、知らず知らずの内に人は初心を忘れ、傲慢になっていく。
傲慢にならない人もいるが、心の未熟な者ほどその勘違いは止まらない。
未熟な僕も一度は通った道。自分だけで強くなったような気になり、人への感謝を忘れ、人を見下し、「チャンピオンになる!」という漠然とした目標へのモチベーションが途切れ、孤独感と虚しさに襲われた。
今の僕は、生きていく中で本当に大切な事はどれだけ人間的に成長する事ができるのかという事なのだと思っている。
「人間的成長」とは・・簡単に言えば「強さ」と「優しさ(愛)」なのだと思う。
基本的に選手にとってのボクシングとは心身を鍛え、心を強くしていく「強さ」の修行。だけどボクシングが強くなったからといって、人として素晴らしい人間になったとは言い切れない。
強い精神力、弛まぬ努力、探求心、闘志、忍耐力、継続力、サポート、環境、などがあればチャンピオンになる事はできるのかもしれない。
だけど僕は単純に チャンピオン=成功者(人格者) とは思っていない。
大きな成果を上げたスポーツ選手が罪を犯すというニュースを見る事もある。それはスポーツ選手としては一流だが、私生活では・・ といったように、人としての偏った成長が故の犯罪なのではないかと思う。
だから僕が選手らに目指して欲しいのは「強さ」と「優しさ(愛)」といった人格を兼ね備えた真のチャンピオン。いや、チャンピオンにならなくたっていい。ボクシングを通じて、自分に強く、人に優しい人間になる事ができれば、それだけでも人として十分に価値のある事なのだと思う。
力を付け、大きな成果をあげれば、残念な事に選手も親や指導者までもが初心を忘れて勘違いを始めてしまう事が多くある。「勝てば官軍」と平気で言ってしまう人もいる。以前とは、明らかに違う「自分本位」が際立ってくる者もいる。
僕は、そんな成果至上主義の考えを抑え、あくまで「人間主義」を第一と考えた指導と自分自身の「人間的成長」を目指していこうと思う。       マサ
熱で寝込んでいる間、「新しいステージ」への指針と「最近の問題」に対する夢を見たので、それを書いてみましたー    

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事一覧