勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。

高橋イズム

   

     「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」

この言葉は有名な野村監督の創作ではなく、剣術書『剣談』からの引用で、

「負けるときには、何の理由もなく負けるわけではなく、その試合中に何か負ける要素がある。勝ったときでも、何か負けに繋がる要素があった場合がある」という意味。

試合に勝つためには、負ける要素が何だったか、どうしたらその要素を消せるかを考えて行く必要がある。また、もし勝ち試合であっても、その中には負けに繋がることを犯している可能性があり、その場合はたとえ試合に勝ったからと言って、その犯したことを看過してはならない。(ウィキペディアから引用)

「悔しさ」「怒り」「悲しみ」の感情になるような事が起ころうとも、そこには自身が蒔いた「因果の種」が必ずあり、人や環境のせいにせず、すべては「自分次第」なのだという考えを持つ事で、それが「成長」する為の大切なメッセージなのだという事に気づけるのだと思う。

人を変える事は難しい。だから自分が変わるしかない。対応を、考え方を、捉え方を。

       それが人間的成長。

勝ち負けだけに限らず、物事の成否や幸福の有無も同じように「自分次第」なのだと考える。

問題を外に向けず、自分自身に。

       そこに人間的成長が必ずある。      マサ

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